機能性ディスペプシア Functional Dyspepsia
| 正常な胃のはたらき
胃には 貯留 ・ 攪拌 ・ 排出 という3つの運動機能があります。
1.貯留機能
食物が食道を通過し胃に入る時胃の上部を広げて、胃の中に食べ物を蓄えようとします
2.攪拌機能
波打つ様な蠕動運動によって食べ物と胃液を混ぜ合わせます
3.排出機能
食物を消化して粥状にしそれを十二指腸へ送り出します
これらの働きに障害が生じ機能性ディスペプシアの症状が起こります。
| 機能性ディスペプシア(機能性胃腸症)とは?
胃潰瘍・胃がんが疑われる症状(心窩部不快感症状・胃もたれ・胃痛・上腹部膨満感)があるのに、検査をしても原因となる病変が発見できない時に機能性胃腸症(機能性ディスペプシア Functional Dyspepsia FD) と呼びます。胃粘膜に器質的疾患(潰瘍・がんなど)はありません。かつての、慢性胃炎・神経性胃炎・胃下垂・胃アトニー・胃いけいれん を統合して機能性胃腸症(FD)と呼んでいます。
ディスペプシアとは?
ディスペプシア(dyspepsia)の本来の意味は <消化不良> を意味します。機能性ディスペプシアにおけるディスペプシアとは、胃や十二指腸における痛みやもたれなどの様々な症状を示します。生命にかかわる病気ではありませんが、つらい症状により、患者さんの生活の質を大きく低下させてしまう病気です。日本では4人に1人がこのような症状を訴え、その内約30%が医療機関を受診しています。
機能性ディスペプシアの原因
機能性ディスペプシアの病態は単純ではなく複数の因子が関与します。原因としては次のようなファクターが考えられています。
胃の運動機能障害・知覚過敏・胃酸の分泌・ピロリ菌感染・心理的社会的要因・食事
胃の動きや伸縮性が低下している状態です。消化管運動異常は機能性ディスペプシアの発症要因として知られており病態的関与についてはほぼ確立しています。この消化管運動異常として代表的なものには以下の3つがあります。
- 排出機能の障害 食物の十二指腸への排出が遅延
- 貯留機能の障害 胃がうまく拡張しない
- 胃電気活動異常 活動電位がうまく伝わらない
1.排出機能の障害
胃に入った食物は胃の前庭部(胃下1/3の部分)の収縮力により十二指腸に排出されます。排出障害とは、この胃の中の食物を十二指腸へうまく送ること(排出)ができず、胃の中に食物が長く停滞してしまう状態です。機能性ディスペプシアでは、この胃排出能が低下し胃排出の遅延がみられます。これにより胃もたれ、食後膨満感、嘔気などの症状が発現します。逆に胃から十二指腸への排出が速くなりすぎ痛みなどの不快感が発症する場合もあります。機能性ディスペプシア患者の20〜40%にこの胃排出遅延が認められます。
胃排出能の測定法
直接法
- X線法 X線不透過マーカーを用いる
- アイソトープ法
アイソトープでラベルした試験食を摂取し経時的に放射能活性を測定
間接法
- 13C呼気試験法
安定同位体元素である13C化合物を混入した試験食を摂取します。経時的に呼気中の13Cを測定この13C呼気試験法は被爆などの問題もなく、機能性食品の評価にも活用できます。
2.貯留機能の障害
適応性弛緩反応とは、食物が胃内に入った時に近位胃(食道に近い部分)が拡張する反応のことです。これは食事摂取後に胃が拡張することで容量を増やし、より多くの食物の受け入れを可能にしようとする弛緩反応で、胃の貯留機能を反映します。適応性弛緩反応が障害された場合食物が食道から胃へ入ってきても胃の上部がうまく広がらず、入ってきた食べ物を胃の中に留めることができなくなります。胃の拡張がうまく行われず多くの食物を受け入れられず早期飽満感の発現につながります。更に胃の内圧が上昇しますので上腹部痛や不快感なども発現します。機能性ディスペプシア患者の約40〜50%がこの適応性弛緩反応障害を示します。
適応性弛緩反応の測定法
バロスタット法
機能性ディスペプシアにおいては胃の内部(胃底部)にバルーンを留置します。試験食摂取後の胃の容量や内圧の変化を記録します。この測定法は苦痛を伴いかつ特殊な装置を必要とすることからバロスタット法による検討においても、バルーンによる伸展刺激による痛覚閾値の低下を示すことが知られています。過敏性腸症候群(IBS)においては大腸にバルーンを留置します。
ドリンクテスト
水分(栄養剤・水など)をどれだけ飲むことができるかを評価します。間接的な評価法ではありますが、弛緩反応の簡便な評価法と考えられています。
貯留機能と排出機能の関係
胃の貯留機能と排出機能のバランスは保たれています。しかし機能性ディスペプシアではこのバランスが崩れるため症状が発現します。
排出機能低下⇒ 胃内に食物が長時間停滞⇒ 持続的な胃壁伸展⇒ 化学的刺激に長時間暴露
貯留機能低下⇒ 胃の内圧の上昇⇒ 持続的な胃壁伸展⇒ 知覚過敏⇒ 症状発現
3.胃電気活動異常
心臓の収縮と同様、胃の収縮にも活動電位が必要です。この胃の活動電位を体表面から測定する方法として、経皮的胃電図(ElectroGastroGraphy EGG)があります。胃の活動電位は、基本リズム(slow wave)と収縮に結びつく電位(plateau potential)から構成されます。
機能性ディスペプシアの胃電図所見
- 正常周波数波形が減少 ⇒ 基本的な収縮が少ない
- 異常周波数波形の増加 ⇒ 正常な収縮が少ない・不十分な収縮が増加
- 食前/食後のパワー比率の低下 ⇒ 食後でも十分に胃が収縮しない
胃が刺激に対して痛みを感じやすくなっており、胃に対する刺激を脳が敏感に感じる状態です。正常時には痛みを感じない程度の刺激にも知覚過敏状態では、少量の食べ物が胃に入ることで胃の内圧が上昇することから早期膨満感がもたらされます。また胃酸に対して過剰な痛みや灼熱感などを感じることがあります。
知覚過敏の種類
消化管には迷走神経が分布し消化管の運動・知覚・分泌などを制御しています。内臓知覚過敏とは消化管の知覚が過敏になっている状態で、以下の2つに分類されます。
- 異痛症(Allodynia) ⇒ 知覚閾値(痛みを感じ始めるレベル)が低下
- 痛覚過敏(Hyperalgesia) ⇒ 通常の刺激に対しより強く知覚を自覚
胃における刺激系
- 物理的刺激 ⇒ 胃の運動や内圧の上昇
- 化学的刺激 ⇒ 胃酸や食物など
十二指腸への胃酸の暴露が胃の運動を抑制することが知られており、十二指腸ブレーキと呼ばれています。機能性ディスペプシアでは急に十二指腸へ食物と胃酸が運ばれます。十二指腸は胃の排出を抑制し結果的に食物が胃に貯留し症状が発現します。更に適応性弛緩反応障害をも惹起することが報告されています。これにより胃の知覚過敏となり痛みがを発生します。
ピロリ菌とは胃粘膜に生息する細菌で胃潰瘍・十二指腸潰瘍・慢性胃炎・胃がんなどに関与します。ピロリ菌と機能性ディスペプシアの関係はいまだ明確ではありません。しかしピロリ菌感染がある機能性ディスペプシアの患者様に除菌療法を行うと機能性ディスペプシアの症状が改善するという報告もあります。
心理的・社会的要因と機能性ディスペプシアは関係ありと言われています。精神的・身体的ストレス・過労・緊張状態が持続することで胃の機能が影響を受け様々な症状を引き起こすと考えられています。機能性ディスペプシア患者様はパニック症候群と同程度の社会的ストレスの経験がある、もしくはうつ的要素あるいは不安的要素が強いことが報告されています。心理的要因により適応性弛緩反応障害や内臓知覚過敏となると考えられます。
- ストレス負荷⇒カテコラミン分泌⇒消化管の運動を抑制
- 不安感⇒胃の容量が低下⇒腹部不快感
食生活の欧米化と機能性ディスペプシアには関連性が示唆されています。脂質やデキストロースを十二指腸内に暴露すると嘔気が軽度上昇したり、飽満感や腹部不快感が増強することが示されています。
機能性ディスペプシアの分類
機能性ディスペプシアは症状により大きく2つのタイプに分けられます。ただし、両方の症状が重複したり状況により症状が変化するので明確に分類できない場合も多くあります。
食後愁訴症候群(PDS) 食後のもたれ感や早期飽満感が週に数回以上起こる
心窩部痛症候群(EPS)
みぞおちの痛み(心窩部痛)やみぞおちの焼ける感じ(心窩部灼熱感)が起こる。食後だけでなく空腹時にも症状あり
| 機能性消化管障害(FGID Functional gastrointestinal disorders)
胸部・腹部に症状があるが内視鏡で原因を発見できない病気の総称です。
- 食道 ⇒ 非びらん性胃食道逆流症
- 胃 ⇒ 機能性ディスペプシア
- 腸 ⇒ 過敏性腸症候群
非びらん性胃食道逆流症(NERD non-erosive reflux disease)
胸やけなど症状はあるが検査をしても食道にびらん・潰瘍などの異常が見つからない病気です。胃液や胃内容物が食道に逆流します。びらん・潰瘍が形成される逆流性食道炎と同じような症状が起こります。
- 非びらん性胃食道逆流症 ⇒ 胸部に症状発現(胸やけ)
- 機能性ディスペプシア ⇒ 心窩部に症状発現(心窩部痛・心窩部灼熱感)
過敏性腸症候群(IBS irritable bowel syndrome)
腹痛・腹部不快感を伴う下痢や便秘などの便通異常が慢性的にくり返される病気です。過敏性腸症候群は主に大腸の機能障害が原因で起こります。主な原因はストレスです。腹部症状としては腹痛やおなかの張り/おなかがなんとなく気持ち悪い/おなかが鳴るといったを伴うなど、排便状態と症状に密接な関係が認められることです。
機能性ディスペプシアの患者さんは非びらん性胃食道逆流症や過敏性腸症候群をあわせ持ったり、時間の経過とともに症状が移り変わったりすることが報告されています。
機能性ディスペプシアの症状
機能性ディスペプシア(FD)で多くみられる症状には次の様なものがあります。
- 食後のもたれ感
- 早期飽満感
- みぞおちの痛み(心窩部痛)
- みぞおちの焼ける感じ(心窩部灼熱感)
- 吐き気・おう吐・げっぷ
- 不 眠
- ストレス感・倦怠感
普通の量の食事をした後、食物が胃の中に停滞しているような不快感
少し食べただけで、食事開始後すぐに満腹感を感じ、それ以上食べられなくなる感じ
みぞおち付近に起こる痛みです。熱感を伴う場合と伴わない場合があります。食事とは無関係に胃が痛くなります。
みぞおち付近に起こる熱感をともなう不快感です。胃のあたりが灼やけるように感じるます。胸やけよりより下方に症状が出現します。
症状による分類
機能性ディスペプシア(FD)はその症状により3つのタイプに分類されます。日本では運動不全型が全体の約60%
- 運動不全型 吐き気・おう吐・腹部膨満感・食欲不振・胃もたれなど
- 潰 瘍 型 空腹時や夜間に起こるみぞおちの痛み
- 非特異型 上記2つの型のいずれにも分類できず、常にいずれかの症状あり
機能性ディスペプシアの検査と診断
機能性ディスペプシアの検査は次の様になります。
問診・胃カメラ・胃バリウム検査・ピロリ菌検査・胃排出能検査
問 診
問診では以下の項目を確認致します。
- 症状の発現時期・発現レベル(症状がいつ頃からどの程度起こっているか)
- 急激な体重減少や貧血症状
- 吐血・血便などはないか(潰瘍を疑う)
- 潰瘍・がんの既往歴
- 潰瘍・がんの家族歴
機能性ディスペプシアもIBS(過敏性腸症候群)と同様にRomeIII診断基準に基づいて診断されます。その中でディスペプシア(上腹部愁訴)は、次の4つの症状で定義されます。
- 心窩部痛
- 心窩部灼熱感
- もたれ感
- 早期飽満感
機能性ディスペプシアの症状による診断
- 上記4症状のうち1つ以上を慢性的に有している
- 上部消化管内視鏡検査などにより癌や消化性潰瘍などの器質的な異常が確認されない
- 6ヶ月以上前から症状があり、その後3ヶ月間は上記診断基準を満たす
細い管の先端にCCDがついた装置(内視鏡)を口もしくは鼻から挿入しモニターで胃や十二指腸の状態を確認する検査です。胃や食道に炎症や潰瘍がないかどうかなどを確かめるために行います。
バリウム(造影剤)を飲んでエックス線を照射し、レントゲン写真をとる検査です。胃や十二指腸に炎症や潰瘍がないかなどを確かめるために行います。
ピロリ菌に感染しているかどうかを確認する検査です。内視鏡検査の時に胃粘膜組織を採取して調べる方法と、血液、尿、便、ピロリ菌に反応するある種の薬剤を負荷して吐く息の中にピロリ菌に関係した物質があるかどうかを調べる方法があります。
ピロリ菌感染と機能性ディスペプシアの関係はまだはっきりしていませんが、ピロリ菌に感染している機能性ディスペプシアの患者さんに除菌療法を行うと、機能性ディスペプシアの症状が改善するという報告もあります。。
胃の排出機能に問題がないかを調べます。胃に入った食物は胃の前庭部(胃下1/3の部分)の収縮力により十二指腸に排出されます。排出障害とは、この胃の中の食物を十二指腸へうまく送ること(排出)ができず、胃の中に食物が長く停滞してしまう状態です。機能性ディスペプシアでは、この胃排出能が低下し胃排出の遅延がみられます。これにより胃もたれ・食後膨満感・嘔気などの症状が発現します。逆に胃から十二指腸への排出が速くなりすぎ痛みなどの不快感が発症する場合もあります。機能性ディスペプシア患者の20〜40%にこの胃排出遅延が認められます。
胃排出能の測定法
直接法
- X線法 X線不透過マーカーを用いる
- アイソトープ法
アイソトープでラベルした試験食を摂取し経時的に放射能活性を測定
間接法
- 13C呼気試験法
安定同位体元素である13C化合物を混入した試験食を摂取します。経時的に呼気中の13Cを測定この13C呼気試験法は被爆などの問題もなく、機能性食品の評価にも活用できます。
更に機能性ディスペプシアは、食後愁訴症候群(postprandial distress syndrome PDS) と 心窩部痛症候群(epigastric pain syndrome EPS) の2つに診断・分類されます。食後愁訴症候群は食後のもたれ感や摂取開始後すぐに満腹感を覚える早期飽満感を主症状にするものであり、一方、心窩部痛症候群は、排便などでは改善しない心窩部の痛みや灼熱感を主症状にします。
食後愁訴症候群(PDS) 食後のもたれ感や早期飽満感が週に数回以上起こる
心窩部痛症候群(EPS)
みぞおちの痛み(心窩部痛)やみぞおちの焼ける感じ(心窩部灼熱感)が起こる。食後だけでなく空腹時にも症状あり。排便では改善しない。
年齢と検査
50歳以下の人では症状がなければ内視鏡検査は不要です。50歳以上あるいは典型症状がある、そして検査希望者には内視鏡検査を行います。
機能性ディスペプシアの治療
機能性ディスペプシアは胃の運動機能障害により、胃痛やもたれが引き起こされています。このため抜本的な治療法がない上に様々の原因が複雑に関係して症状を引き起こしていると考えられています。治療の目的は患者様の症状を改善させることです。
具体的には薬物療法 と 生活習慣の改善があります。
|薬物療法
薬物治療には、消化管運動機能改善薬・胃酸分泌抑制薬・ピロリ菌除菌・漢方薬・抗うつ薬
などがあります。これらの薬剤が単独あるいは組合わせて処方されます。
胃もたれ・早期飽満感がある食後愁訴症候群に対しては消化管の働きを活発にする消化管運動機能改善薬が使われます。
- ドパミンD2受容体拮抗薬(ナウゼリン・ガナトン)
- セロトニン5-HT4受容体作動薬(ガスモチン)
- 漢方薬(安中散・六君子湯)
食事に無関係の心窩部痛・心窩部灼熱感等の心窩部痛症候群に対しては胃酸分泌抑制薬が第1選択薬として使用されます。
- 胃酸の分泌を抑制する
- 十二指腸への胃酸の流入が減少(十二指腸ブレークを緩める)
- 胃酸の絶対量が減ることにより知覚過敏の胃も症状を感じずらい
ピロリ菌とFDの関連性はいまだ解明されてはいないが、ピロリ菌陽性の場合は潰瘍や胃癌を予防する観点から除菌が推奨されます。またピロリ菌に感染している機能性ディスペプシア患者様に除菌療法を行うと、機能性ディスペプシア症状が改善するという報告もあります。ピロリ菌の除菌のために3種類の薬(主に抗菌薬2種類とプロトンポンプ阻害薬)を7日間飲み続ける治療法があります。しかし残念ながら機能性ディスペプシアの場合はピロリ菌の除菌療法は保険適応が認められていません。
心窩部痛症候群に対しては安中散が、食後愁訴症候群に対しては六君子湯が多く使用されます。
消化管運動機能改善薬や酸分泌抑制薬でも症状が良くならない場合は、抗うつ薬や抗不安薬が使われることがあります。精神面を改善することにより胃の機能の改善を図ります。
|生活習慣の改善
生活習慣を改めることによって、機能性ディスペプシアの症状が良くなる可能性があります。機能性ディスペプシアに影響するような生活習慣はできるだけ避けるような指導が行われます。
最も重要なのは食生活の改善です。脂肪を多く含む食事や、1回の食事量の増大は胃からの排出時間の延長につながり、症状を悪化させるため、暴飲暴食をせず規則正しい食生活が推奨されます。またストレスの減少と十分な睡眠が必要とされます
- 規則正しい食事時間 就眠前・夜間の摂食を避けましょう
- 暴飲暴食を止める
- 刺激物・脂肪や糖分を多く含む食物の摂食を避ける
- 十分に咀嚼(そしゃく)する
- 食後に休息を取る
- 睡眠を十分にとる
- ストレスを避ける
- 適度な運動・エクセサイズ 胃の動きを活性化させます
- 禁酒 ・ 禁煙 酒・たばこは胃の機能を低下させます
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